教科書で習った「平等」を、働く現場で考えてみる。
ひっくりラボ、2学期最初の授業
ひっくりラボの2学期が始まりました。

2学期は、ユニフォームをデザインしたり、音を使って働く環境をデザインしたり、
実際の「働く場所」に入り込んでいく授業を進めていきます。
でも、最初の授業でいきなり、
「どんなユニフォームにしようか」
「どんな音を鳴らそうか」
とは始めませんでした。
最初に高校生や大学生と考えたのは、
改めて、「平等って、何だろう」という問いです。
学校で習った「平等」を、社会の中で使ってみる。
日本国憲法第14条には、「法の下の平等」が定められています。
学校でも、一度は習ったことがあると思います。
形式的平等や実質的平等。
大学に進めば、ジョン・ロールズの『正義論』にも触れる人もいるでしょう。
平等とは何か。
どんな社会を「公正な社会」と呼ぶのか。
教科書では、いろいろなことを学びます。
でもこのひっくりラボで、私が高校生や大学生に考えてほしかったのは、その言葉の意味を覚えることだけではありません。
教科書で習ったことを、実際の社会の中で考えてみようと、
何度もこのイラストに立ち戻っています。
背の低い子どもに、台を渡せばいいのだろうか。
野球場の外野フェンスの向こうで、試合が行われています。
背の高い人には試合が見える。
でも、背の低い子どもにはフェンスが邪魔になって見えません。

では、全員に同じ高さの台を一つずつ渡したらどうでしょう?
全員に「同じもの」を渡しているので、平等に見えるかもしれません。

一見すると、同じ高さの台を渡すことが平等で理想的に見えるかもしれない。
実際、95%の生徒がこっちの方が平等だ、と言いました。
でも、1学期から問うてきているのは、
本当にこれが理想的なのか?平等なのか?ということです。
そもそも、見えることだけがゴールなのだろうか。
みんな、野球を見に来ているわけです。
もっというと、野球のワクワクを体感しにきているわけです。
だったら、
誰もが野球そのものを楽しめる球場を、最初からつくることはできないだろうか。
フェンスのつくり方を変える。
座席の高さを変える。
観戦する場所そのものを変える。
ワクワクを誰もが体感できるようにする。
これが平等なんじゃないか。
人の側に何かを足して「見えるようにする」だけではなく、
環境の側を変えることはできないか。
目が見えない人、耳が聞こえないひとには、ではどんな球場を作ればいいのだろう?
もともとは探究授業。社会の授業です。
どんな社会をこれから作りたいと自分は考えるのか。
憲法14条の条文を何度読んだところでその答えは出てきません。
毎回の授業は、ここに立ち戻りながら、授業を進めてきました。
では、働く場所ではどうだろう。
この野球場を、そのまま障がいのある人が「働く場所」に置き換えてみます。
つまり、mi&goの働く現場です。
ある人が、仕事をうまくできない。
移動するのに時間がかかる。
人と話すことが苦手。
音が聞こえにくい。
目が見えにくい。
そんなとき、私たちはつい、
「この人には、この仕事は難しい」
と考えてしまいます。
そして、その人に別の仕事を用意したり、誰かが横について手伝ったりする。
もちろん、それが必要な場面もあります。
でも、野球場の話と同じように考えたら、別の問いが生まれます。
本当に変えるべきなのは、その人だけなのだろうか。
机の位置を変えればできるかもしれない。
仕事の順番を変えればできるかもしれない。
音で知らせればできるかもしれない。
光なら分かる人もいるかもしれない。
仕事そのものを少し分解すれば、「任せられる仕事」に変わるかもしれない。
人に環境を合わせてもらうのではなく、
環境のほうを人に合わせて変えることはできないか。
これは、mi&goがずっと考えてきたことでもあります。
そもそも、なぜリサステをつくったのか。
mi&goが就労継続支援A型を始めるとき、私たちは、
「障害のある人に、どんな仕事をしてもらうか」だけを考えていたわけではありませんでした。
もう一つ、考えていたことがあります。
どこで働くのか。
福祉の仕事場が社会から離れた場所にあり、その中だけで一日が完結する。
もちろん、そうした環境が必要な人もいます。
でも私たちは、もっと地域の日常の中に働く場所をつくることはできないか、と考えました。
そこで目をつけたのが、
「ゴミを捨てる」という日常の行為でした。

ゴミを捨てることは、特別なイベントではありません。
地域で暮らしていれば、誰もが行うことです。
その「日常」の中に、障害のある人が働く場所を置いてみる。
それが、リサイクルステーション「リサステ」です。
会員さんが車でやってくる。
働く人が「こんにちは」と声をかける。
ゴミを受け取る。
「これはどこですか」と聞かれれば、「こちらです」と案内する。
そこに生まれるのは、「ゴミ・リサイクルのプロ」と「お客さん」という関係が生まれます。

仕事を通じて、地域の人と自然に接点が生まれる。
そのコミュニケーションを通じて、働くことの誇りや、仕事を任される実感につながるのではないか。
私たちは、そう考えました。
だから、リサステは「駅」をイメージした。
リサステの建物も、単にゴミを置いておくための倉庫としてつくったわけではありません。
建物を考えるとき、私たちがイメージしたのは、
「駅」でした。
いろいろな人がやってくる。
人と人が交わる。
少しだけ言葉を交わす。
リサステも、そんな場所にしたかった。
だから、車で入ってきた会員さんと、働く人が自然に顔を合わせるようなつくりにしました。

建物そのものが、コミュニケーションを生み出す。
それを意識したデザインにしたかったのです。
そもそもコミュニケーションが生まれやすい場所をつくれないか、と考えたわけです。
人の側だけを変えるのではなく、環境の側からも考えてみる。
これも野球場の話と同じです。
でも、リサステはまだ完成していない。
ここが、今回の授業で一番大切なところかもしれません。
リサステをこんな考えでつくったからといって、
私たちが「正解」をつくれたわけではありません。
実際に仕事をしていると、まだまだたくさんの課題が見つかります。
例えば、働く人が休憩室にいるとき。
会員さんの車がリサステに入ってきても、距離があるため気づかないことがあります。

だったら、音で知らせればいいのか。
でも、耳が聞こえにくい人だったらどうする。
光で知らせればいいのか。
では、目が見えにくい人はどうする・・・。
足が悪く、入口まで素早く移動できない人がいたら、
「接客は別の人に任せよう」で終わっていいのだろうか。
作業机の位置を変えたらどうだろう。
動線を変えたらどうだろう。
仕事の役割を変えたらどうだろう。
そして、
ユニフォームはどうだろう。
音はどうだろう。
サインはどうだろう。
建物をつくった時点で、デザインが終わったわけではありません。
働く人が変われば、環境もまた変えていく必要がある。
だから、私たち自身もリサステを問い直していきます。
2学期は、リサステそのものを問い直す。
2学期のひっくりラボでは、高校生や大学生に、実際のリサステを舞台に考えてもらいます。
ユニフォームを考える。
音を考える。
働く動線を考える。
コミュニケーションを考える。
一見すると、それぞれ違うプロジェクトに見えるかもしれません。
でも、私たちが考えたいことは、全部つながっています。
例えば、ユニフォーム。
格好いいユニフォームをつくることだけが目的ではありません。
どんな服なら、働く人が誇りを持てるだろう。
どんな服なら、お客さんとのコミュニケーションが生まれるだろう。
どんな服なら、もっとゴミのプロになろうという気持ちになれるだろう。
例えば、音。
心地よいBGMを流すことだけが目的ではありません。
音によって、働きにくさを一つ減らすことはできないだろうか。
そして、働く場所そのものについても考えます。
これまでmi&goが考えてきたことを、高校生や大学生にそのまま肯定してもらいたいわけではありません。
むしろ、
「それ、本当に平等ですか?」
と問い返してほしい。
私たちが当たり前だと思っているものを、
若い人たちの視点でもう一度ひっくり返してほしいと思っています。
教科書を閉じたところから、授業を始める。
憲法14条を習った。
平等について習った。
ロールズについて習った。
それは、とても大切なことです。
でも、知っていることと、それを社会の中で使えることは、少し違います。
だから、ひっくりラボでは、
教科書で習ったことを、実際の社会の中に持ってきて考えてみる。
そんなことをやってみたいと思っています。
「平等とは何か」という問いに、きっと一つの正解はありません。
だからこそ、
実際に人が働いている場所で考える。
実際に困っていることを前にして考える。
そして、
人の側だけを変えようとするのではなく、
環境のほうを変えられないか、と問い続ける。

2学期は、これから高校生、大学生と一緒に、
ユニフォームやポスター作成、音のデザイン、働く場のデザインをしていきますが、
その根幹になるのは、
リサステという実際の働く現場を使いながら、もう一度、「平等って何だろう」ということです。
これからどんな社会を作っていきたいのか。
ここをしっかりと考えていきたいと思います。

